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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)1055号 判決

主文

原判決を破棄し本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人稲垣利雄の上告理由第一、二点について。

民法六一二条に規定するところの賃借人の賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾は、賃借権に対し、譲渡性を付与する意思表示であつて、(相手方ある単独行為)賃借権は一般には、譲渡性を欠くのであるが、この賃貸人の意思表示によつて賃借権は譲渡性を付与せられ、その効果として、賃借人は、爾後有効に賃借権を譲渡し得ることとなるのである。そうして賃借権が譲渡性をもつかどうかということは賃借人の財産権上の利害に重大な影響を及ぼすことは勿論であるから、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上、たとえ、本件のごとく賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても、賃貸人一方の事情に基いて、その一方的の意思表示をもつて、承諾を撤回し、一旦与えた賃借権の譲渡性を奪うということは許されないものと解するを相当とする。従つて、本件において被上告人が昭和二三年一〇月末頃した賃借権譲渡に関する承諾の撤回は無効であつて、上告人のした本件賃借権の譲渡は有効であるといわなければならない。原判決はこの点において法令の解釈を誤つたものであつて、論旨は理由あり、原判決は破棄を免れないものである。

よつて民訴四〇七条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官小谷勝重の補足意見及び裁判官谷村唯一郎の少数意見を除く外裁判官一致の意見によるものである。

裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。

賃借権譲渡承諾の意思表示が契約に基づくものならば、一般契約法の原則または当該契約の内容として定められた或る条件により承諾を解除し得る場合のあることは勿論であり、また民法六一二条の単独行為による承諾の場合と雖も、解除条件附または承諾の意思表示の内容として承諾を撤回し得べき或る条件を附して承諾することは法の敢て禁ずるところではないと解すべきであるから、右の場合解除条件の成就により、またはその附された内容条件に従い、一旦した承諾と雖もこれを撤回することができるであろうけれども、本件につき原判決の確定するところによれば、被上告人の本件譲渡承諾には何等の条件をも附されていないのであるから、被上告人において一旦譲渡の承諾をした以上、相手方の同意のない限り被上告人において一方的にこれを撤回することは許されないものといわなければならない。それ故当審本判決は右限りにおいて正当であり、また本判決は以上の全趣旨をも含んだものと解する限りにおいてわたくしは本判決に賛成するものである。

裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。

多数意見は、賃貸人が賃借人に対し一旦賃借権の譲渡について承諾を与えた以上たとえ賃借人が未だ第三者と賃借権譲渡の契約を締結しない以前であつても賃貸人の一方的事情に基いてその一方的意思表示をもつて承諾を撤回することは許されないから本件被上告人の承諾の撤回は無効であると断じているが私はこの見解には反対である。およそ民法六一二条に規定する賃借権譲渡に関する賃貸人の承諾が単独行為であることは多く異論のないところであり大審院数次の判例もまたこの見解を採つている。原判決の維持した一審判決もまたこの見解を採つておることはその説示するところにより明らかであり、一審判決がこの前提の下に結局被上告人の承諾の撤回を適法と認めたことは正当である。尤もこの譲渡の承諾が当事者間の契約として成立した場合は法律上解除の理由があるかまたは合意解約による外一方的にその承諾の撤回が許されないことはいうまでもない。また単独行為である譲渡許諾の場合においてもその許諾に基づき賃借人と第三者との間に賃借権の譲渡契約が成立した場合すなわち譲渡の許諾に基づく法律効果が既に発生した場合は、賃貸人の一方的意思表示により許諾の撤回を許すことは信義誠実の原則に反し第三者の利益を害することになるからこれを許すべきではないと解すべきである。しかして本件において被上告人と上告人岡田との間に賃借権の譲渡契約が成立したものでないことは一審判決の趣旨により明らかであり、更にその認定した事実によれば上告人岡田と同入江との間に賃借権譲渡の話合が具体化したのは被上告人が承諾撤回の意思表示をした後であり、撤回の意思表示をした当時は未だ入江との間に何等の法律関係が生じていなかつたことが窺える。そして一審判決はかような承諾の撤回を適法とするには当事者双方の利害関係を公平に比較し賃貸人に承諾を撤回するについて相当の理由があるか否かによつてこれを決すべきであると判示し本件においてはこの見地に立つて賃貸人の承諾撤回が相当理由の存することを認定しているのであるからその判断は衡平の観念と条理に適つたものであり正当である。若し多数意見のように一旦承諾した以上如何なる段階においても承諾の撤回ができないと解することは単独行為である賃借権譲渡許諾行為の性質に副わないばかりでなく、賃借人の保護の点にのみ考慮を払うの余り賃貸人の権益を害する結果を招来し衡平の観念に反するものである。よつて本件上告は理由なきものとして棄却すべきである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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